かわずの音の葉

聴く、読む、観る、歌う。 音楽にまつわる活動から、知ったこと、考えたこと、感じたことを記事にして発信します。

【考察】HOWL / ROTH BART BARON

この美しくない世界で、希望の狼煙(のろし)を上げる。

三船さんはインタビューでこう語っています。
「人とつながるために、体を使って"吠える"こと...それがこの世界で今一番欠けている気がする。」
曲名の『HOWL』とは吠えるの意味であり、狼の遠吠えのことを指しています。
狼が遠吠えをするのは、どこかにいるであろう仲間たちと意思疎通を図るためであり、これは身体性を伴うコミュニケーションです。

『HOWL』という曲名に込められた意味も踏まえ、歌詞を読み解いていきます。

君は昨日 どこで眠ったの?
明日はどこで 眠りにつくの?

眠ってる間 平和なの?
眠った後は どこへ行くの?

"僕"が心配して、"君"に色々と問いかけています。
問いの内容から察するに、どうやら"君"は一人であちこちをさまよっていて、安心して過ごせる居場所がないようです。

今夜出かけよう 誰も僕らを知らない場所へ
世界が美しくなくても かまわないでしょう
僕らが いるなら

寄る辺ない"君"にとって、世界は美しく映らないでしょう。
むしろ、残酷に思われるはず。
そんなことにはかまわず、"僕"は"出かけよう"と"君"を誘います。
目的地は、"誰も僕らを知らない場所"です。
さて、"誰も僕らを知らない場所"とは、どんな場所のことなのでしょうか。

雪が 降り止まない
狼たちが 吠えるように
僕らは泣いてみせた

全部 大丈夫、平気だよって言うけど
だったらなんで そんな顔で笑うんだよ

雪が絶え間なく降り積もる静かな世界で、狼たちが吠えている景色が浮かびます。
それと同様に、"僕ら"も泣いている。
けれど、雪がすべての音を吸いとって、その泣き声は心の外までは届かないようです。
むしろ、あえて心の中に雪を降らせて、泣き声が外に出ないようにしているのかも。
そして、"平気だよ"と強がる。でも、そんな様子は"僕ら"にはお見通しのようです。

言いたいことは たくさんある
けれどいつだって 足りないんだ
世界が美しくなくても かまわないでよ
僕らが いるのに

言葉はいつだって無力です。
傷ついて心を痛める人がいても、慰めの言葉だけでは癒しきれない。
けれど、"僕ら"が居てくれる。そのことが慰めになるのは確かでしょう。

今夜出て行こう 誰も僕らを知らない場所へ
世界が美しくなくても かまわないだろう
僕らが いるなら 

"僕ら"から連想するのは、狼が群れを作っている様子です。
これは共同体であり、仲間と呼ぶべき存在だと思います。
そんな"僕ら"の目的地である"誰も僕らを知らない場所"とは、美しくない世界から隔絶された、仲間だけの「ホーム」ではないでしょうか。

 

ニュースを眺めていれば、この世界が美しいとは言い難いことがよく分かります。
戦争、貧困、格差、差別、分断など残酷で醜い事柄が散見され、目を覆いたくなります。
でも、目をつむっていたって、僕らの生きる世界の実情は変わりません。
ならば、この世界に絶望して生きていくよりないのでしょうか。

『HOWL』が提示しているのは、ひとつの代替案だと思います。
この世界が残酷で醜く、変わりようがないのであれば、僕らだけの美しい居場所(ホーム)を探そう。そのきっかけとなるのが、"吠える"という能動的な行為です。
それはきっと、誰かにとっての希望の狼煙(のろし)になるに違いありません。

 

【基本情報】
『HOWL』は、ROTH BART BARONの7th アルバム「HOWL」(発売日:2022年11月9日)に収録されている曲です。

『HOWL』はYouTubeから視聴できます↓

www.youtube.com

ROTH BART BARON/ 三船 雅也さんの紹介記事はこちらから↓

フォークロックバンド「ROTH BART BARON / 三船 雅也さん」の紹介 - かわずの音の葉

 

(初稿:2025年9月28日)

【考察】Misfire/ 日食なつこ

「なつこ」を音楽活動へ駆り立てた、火種(初期衝動)が詰め込まれた曲。

「Misfire」は、日食さんが高校2年生(17歳)の頃に作られた曲です。
日々の不満や燃焼しきれていない物事への気持ち悪さについて、思い付く単語を繋いで歌詞ができている、とインタビューで語られています。そんな歌詞を、毎日ピアノで弾き語っては満足していたそうです。

これらも踏まえて、歌詞をひも解いていきます。

 

同じような文字面を なぞるようなメールが途切れて
どうどう巡りの夜 変わりない毎日は味気ない 
 
真昼の太陽熱で からからに乾いた大地は
夜露で潤えばいいけど、あたしはどうすれば潤えるの?

変わり映えのしないメールのやりとり、毎夜繰り返される思考。
変化のない、繰り返される、退屈な日常に不満を抱いている様子です。

不満ばかりで、心が満たされる(潤う)ことがないのでしょう。
日常を過ごすだけでは乾くばかりです。では、”あたし”はどうすればよいのか?

Midnight Sun 光の輪
Midnight Sun 夜中の海
Hello, halo この体
星空の上へ投げ上げて

場面は変わり、空想の世界です。
"Midnight Sun"は「白夜」※、"halo"は「後光」のこと。
”星空の上へ投げ上げて”という言葉のとおり、その身を宇宙空間へと投げ上げたときに見える景色を描いています。宇宙空間から、太陽を背にした地球を見たら、沈まぬ太陽が輝いて後光が差しているように見えることでしょう。
こうして空想の世界に浸ることで、不満ばかりの日常を過ごす”あたし”自身をなぐさめていたのだろうと思われます。

※:北極圏や南極圏でみられる、一日中太陽が沈まない(真夜中でも太陽がみえる)現象のこと。

俗世間の雑音が貼りついて この身を腐らす
消毒薬を求めて心だけ飛んでいく 遠くへ

世間で話題になっている出来事も、”あたし”の退屈を埋めてくれはしない。
むしろ、消毒して消し去りたいほど、嫌悪する対象にすらなっている。 
そんな雑音から逃れるように、また空想の世界を求める。

Misfire 叫びさえ
Misfire 出来損ない
Hey, God! Step me! その足の
踏み場くらいにならなれるでしょ

"Misfire"は、「不発になる」という意味です。
”叫びさえ”、”出来損ない”とあるように、溜まりにたまった不満さえ、上手く吐き出せず(不発)、ただただ鬱屈している。
そんな"あたし"自身に幻滅し、”その足の踏み場くらいにならなれるでしょ”と神様に投げやりに言い放つ。”あたし”を取り巻くものだけでなく、”あたし”自身に対しても不満が募っているようです。

誰も見つけられない あたしの隠れ場所
理念も周波数も すべてあたしのもの
Oh, my dear world.

 I got a...

退屈し、不満が溜まり、鬱屈している”あたし”。
そんな”あたし”にも愛しい場所がある。
それは、ピアノの前だ。音楽の中には、他の誰にも辿り着けない隠れ家がある。
そこでは、退屈を晴らし、不満を吐き出せる、思いのままになる”あたし”だけの世界がある。

 

さて、歌詞末尾の"I got a..."の後には、"Midnight Sun, Misfire~"と歌が続き、この不満ばかりの日常がループしていく様が表現されています。
一方で、「Misfire」が作曲された17歳の頃に「日食なつこ」が誕生し、アーティスト活動がスタートします。ついに、"出来損ない"だった"叫び"が発射され、多くの聴衆に届くようになったのです。
「Misfire」は、「なつこ」を音楽活動へ駆り立てた、火種(初期衝動)が詰め込まれた曲であると言えます。

  • その頃は〈不発〉のままの不満が溜まっていたんですか?
    「不満だらけでしたね。17歳だから一番不満が強い時期で、その時に〈日食なつこ〉が出来たんですけど。」
  • では、原点に立ち返るような意味合いも?
    「そうですね。この曲は日食なつこが生まれる前の曲なので、その火種のようなものですね。」

日食なつこ|2ndフルアルバム「永久凍土」特設ページ

 

【基本情報】

「Misfire」は、日食なつこさんの2nd Full アルバム「永久凍土」(発売日:2019年1月9日)やシングル「致死量の自由」(発売日:2018年10月5日)に収録されている曲です。


「Misfire」の音源は、YouTubeから視聴できます。↓

www.youtube.com


日食なつこさんの紹介記事はこちらから↓

シンガーソングライター 「日食なつこ」さんの紹介 - かわずの音の葉

 



(初稿:2025年9月8日)
(水彩画追加:2025年10月5日)

【考察】ハッカシロップ / 日食なつこ

頼り合えるから見える景色がある。独りで立って生きてきた、あなたに染みる歌。

「ハッカシロップ」の歌詞は、日食なつこさんのこれまでの生き方を投影した、空想の物語になっています。大切な誰かと共に居ることを、"依存"と表現してしまう感性に、日食なつこさんのこれまでの生き様を感じます。

以下、歌詞をひも解いていきます。

大都会の空は狭いって歌が今日も増える世界
両手いっぱいの青空でなくちゃ感動できないかい
 
ハッカシロップの夕暮れ ひどく目の良い君は
一番星を誰より先に見つけて撃ち堕とす

”大都会の空は狭い”という歌詞は、ありふれていて平凡に聴こえる。
そんな感性はつまらない。空の味わいは、大きさだけではない。

夕暮れの空をみると、橙色と青色の境目にハッカシロップ色の層がある。目を凝らせば、一番星だって見つけられる。
そんな空の味わい方もある。

 

僕の目で夕闇を見届け 今日を終わらせるから
君の目で朝焼けを見つけて 明日を呼んできてくれ

ひとりで越えられない夜など ありはしない僕ら
それも強がりだって知るため 一緒に居た方がいい

”僕”と”君”が頼り合って、夜を乗り越えていく様子が描かれている。
それなのに、ひとりで越えられない夜などない、と強がる。
二人一緒にいるべきだと気づいているのに。

 

熟したピーチ ほとばしるライム
果汁が空に満ち満ちる ビタミン不足のこの恋は
明日を越せるかも分からない

夏の夕暮れは赤色が濃くなり、時には空がピンク色(ピーチ)に染まる。太陽に近づくほど、金色(ライム)が眩しくみえる。
強がってばかりの”僕”と”君”には、恋心にそそぐ栄養が足りていないようだ。
でも、一緒にこの空を眺めれば、きっと補給できる。

 

僕の目で夕闇を見届け 今日を終わらせるから
君の目で朝焼けを見つけて 明日を呼んできてくれ

水晶体が映す景色はいつだって半分だけで
残りは君の持っている水晶体の景色だったらいい

頼り合う二人。でも、それだけではない。
二人とも空の様々な味わいに気づける、互いによく似た感性をもっている。
だから、いっそ視界の半分を共有したくもなるのだ。
(水晶体とは、ヒトの目の中にあるレンズのこと)

 

僕の目で夕闇を見届け 今日を終わらせるから
君の目で朝焼けを見つけて 明日を呼んできてくれ

ひとりで超えられない夜で本当ははち切れそうだ
どんな強がりもバレる僕ら一緒に居た方がいい

頼り合い、感性の近しい二人。
互いのことはとうに知れている。もう、素直になってもいいのだ。

 

依存し合って生きることが これほど怖くて幸福だとは
依存し合って見る夕日が これほどまでに瑞々しいとは

大切な"君"と共にいることを、”依存”と表現してしまう。
“僕”がこれまで独りで立って生きてきた、その生き様がにじみ出ている。
そんな”僕”がはじめて知った、頼り合う関係。
喜びはあるが、いつか失ってしまうかもしれないとの恐れもある。
それでも、いま目の前にみえる夕日は新鮮に映る。
大切な"君"と共にいることで、こんなにも景色が一変するのか、という驚きがある。

 

「ハッカシロップ」の歌詞は、あくまで空想の物語だと思います。
でも、日食さんのこれまでの生き方が投影された物語ではある、と考えます。
以下、アルバム「鸚鵡」リリース時のインタビュー記事から引用します。

――「ハッカシロップ」のラストの2行、<依存し合って生きることがこれほど怖くて幸福だとは><依存し合って見る夕日がこれほどまでに瑞々しいとは>という歌詞にやられました。

 その二行に関しては、東京に出てきて3年、その3年間で一番学んだのが、一人では何もできないなということで。レコーディグに関わってくれるスタッフ、バンドがいなければ絶対にこのアルバムはできていないですし、そういう人達ともっと腹を割って話して、いい意味で依存し合ってやっていきたいという思いがすごく出てきました。ひと昔前だったら、絶対に人に依存しようなんて思わなかった。でも依存しないと表れてこない道があるという事に最近気づいて。

 

――その“気づき”というか、考え方の変化は大きいですよね。

 大きいですね。いつでも人と離れられる様にというスタンスで、今まではやって来ました。でもそれだとやっぱりあっさりしたものしか作れないと思って。もうベッタリ依存して、離れられたら、あんたにいなくなられたら、もう私死ぬ、と思うくらい人を信頼してやらないとだめだなという、わりと腹を割って書いた曲です。

spice.eplus.jp

 

日食さんは、ピアノ弾き語りスタイルでデビューしました。
ほんとうはバンドをやりたかったが、人と音楽をやるとぶつかってしまうことも多く、弾き語りスタイルにせざるをえなかったからです。それでも、ひとりで音楽活動を続けてきました。
その後、キャリアを重ねるにつれて、ドラムのkomakiさんをはじめとしたサポートメンバーと出会い、バンドスタイルでも楽曲をつくるようになりました。
そうなってはじめて見えてくるものがあったのです。

その前提にあるのは、信頼でしょう。
日食さんの心情としては”依存”ではあるけれど、実際は並んで各々独りで立っている、そんな関係性。その関係性のもとで、互いの感性を理解し合い、頼り合えるからこそ、驚くほど瑞々しい景色がみえるのだと思います。

 

【基本情報】

「ハッカシロップ」は、日食なつこさんの5th Mini アルバム「鸚鵡」(発売日:2017年9月27日)に収録されている曲です。

「ハッカシロップ」は、YouTubeから視聴できます↓


日食なつこさんの紹介記事はこちらから↓

シンガーソングライター 「日食なつこ」さんの紹介 - かわずの音の葉

 

 


(初稿:2025年7月6日)
(水彩画追加:2025年10月15日)

【考察】HAKU / ROTH BART BARON

燃え上がった心を鎮火し、灰からの再生と変化を願う。

アルバム「無限のHAKU」がリリースされたのは、2021年12月。
コロナ禍の混乱がようやく落ち着きはじめ、ニューノーマルが浸透しつつあった頃です。

「心が静かにチューニングされていく感覚をサウンドで作りたい。」
「人が癒される、心が治っていく、リラックスするアルバムにしたい」
インタビューで、三船さんはそう語っています。

この言葉のとおり、アルバム「無限のHAKU」の収録曲では、ROTH BART BARON特有の躍動感は控えめで、静けさを感じさせる曲がいくつもあります。
例にもれず「HAKU」においても、ギターがかき鳴らされることはなく、アルペジオやスタッカートを効かせたコードストロークが主体になっています。その背後でストリングス・シンセ・ベースが、丁寧に余白を埋めるように重ねられている。

そして、「HAKU」の歌詞においても、心をチューニング(鎮火)するような表現が見受けられます。
以下、歌詞を読み解いていきます。

 

<メロ1>
心を 燃やして
油を 燃やして
魔女を 燃やして

さあ次は 何を 燃やしましょう?

ソーシャルメディア上のトピックスに対して、感情をむきだしにして騒ぐ人々を描写しています。ひどいときには、中世の魔女狩りのごとく、特定の個人を火あぶりにする。
絶え間なく持ち上るトピックスに、火をつけて廻る。
コロナ禍も、そして今現在もみられる光景です。

白と黒、敵と味方をはっきりと切り分け、線を引く。

<サビ1>
君の血は 何色だ?
何色でも 構わないよ
形を 変えてゆく
僕たちが 怖いかい?

構図として、”君”はソーシャルメディア上で誰かを否定する側の人間であり、”僕たち”は否定される側でしょう。
“君”も”僕たち”も体を開いてみれば、同じ血の色をしているはずです。
でも、仮に違っていたって構わないではないか。
血の色や形が違うことが、恐ろしいの?
だから否定するの?という問いかけに思えます。

 

<メロ2>
人に触れるのは
とても怖いことだろうか?

それでも僕らは
誰かに触れたいと願うのだろう

はじめの一節は、コロナ禍を意識した言葉でもあります。
「(感染のリスクがあるから)むやみに人に触れてはいけない」
そういう風潮の中でも、僕らは誰かに触れたいと願う。
そうあって欲しいという願望のようにも思われます。

 

<サビ2>
何が ダメですか?
僕らでは ダメですか?
ゲームを 降りたら
掟破りと呼ばれますか?

”僕ら”を否定する人たちへの問いかけが続きます。
”僕ら”は”君”のように、火をつけて廻るゲームには参加しない。
それは、異端とみなされるでしょうか。

 

<サビ3>
君の血は 何色だい?
何色でも 変えてやるよ
形を 変えてゆけ
新しい血の色で

「HAKU」の歌詞には、問いかけの言葉が多くみられます。
簡単に誰かを否定できるその心持ちが、理解できないのでしょう。だから、問いを重ねる。
まるで、問いを重ねることで考えを促し、燃え上がった心を鎮火するように思えます。
そうやって”君”を変えてやるのだ、という意思が感じられます。

燃え尽きて残るのは、くすんだ白色の灰です。
不死鳥は灰から蘇り、植物は土壌に還った灰を栄養にして育ちます。
”形を 変えてゆけ/ 新しい血の色で”は、灰になった”君”の再生と変化を願った言葉ではないでしょうか。

 

【基本情報】

「HAKU」は、ROTH BART BARONの6th アルバム「無限のHAKU」(発売日:2021年12月1日)に収録されている曲です。

「HAKU」はYouTubeから視聴できます↓

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ROTH BART BARON/ 三船 雅也さんの紹介記事はこちらから↓

フォークロックバンド「ROTH BART BARON / 三船 雅也さん」の紹介 - かわずの音の葉

 

(初稿:2025年6月18日)
(水彩画追加:2025年10月26日)

【考察】グローネンダール / 日食なつこ

眠られぬ長い夜のお供にどうぞ。

曲名の「グローネンダール」は、黒い毛並みのシェパード犬のことです。
正式名称は、ベルジアン・シェパード・ドッグ・グローネンダール。
賢く忠実で使命感のある性格であり、元々は牧羊犬として活躍していた犬種です。

この曲においては、夜に眠ることのできない黒い犬としてグローネンダールが登場します。
英語詩の混じった構成となっているので、和訳を交えながら歌詞を追っていきます。

 

<Aメロ1>
Black dog is lying beside me
When the sun rises, he gets sleep every morning
I wish that he’s being sound asleep till afternoon
Black dog is lying beside me

<和訳>
“黒い犬が私のそばで寝そべっている
 毎朝陽が昇ると、彼は眠りにつく
 彼が昼下がりまで良く眠れるよう願う
 黒い犬が私のそばで寝そべっている”

 

<Aメロ2>
Black dog is lying beside me
When the sun rises, he gets sleep every morning
I wish that he won’t see a nightmare as possible
Black dog is lying beside me

<和訳>
“黒い犬が私のそばで寝そべっている
 陽が昇ると、彼は毎朝眠りにつく
 彼が悪夢をみないよう願う
 黒い犬が私のそばで寝そべっている”

 

<Bメロ1>
夜通し 吠える 吠える ただ吠えて吠え続ける 朝が来るまで
ゆけ 過去 こい 未来 何回吠えても不安で


<サビ1>
眠れないグローネンダール 恐ろしい夜に追いかけられたら
グローネンダール 負けずに吠えて朝を呼びなさい

 

<Aメロ3>
Black dog is snoring beside me
It keeps on sounding really pleasantly and small
I wish that he can always sleep like this
Black dog is snoring beside me

<和訳>
“黒い犬が私のそばでいびきをかいている
 心地よさそうな小さい音が響き続ける
 彼がいつだってこんな風に眠れたらいいなと思う
 黒い犬が私のそばでいびきをかいている”

 

<Bメロ2>
あなたは気高きグローネンダール 黒く光る毛並みに隠した
消したい 過去 見えない 未来 ずっと抱えて怯えている

 

<サビ2>
眠れないグローネンダール 恐ろしい夜に追いかけられたら
グローネンダール 負けずに吠えて朝を呼びなさい

 

<サビ3>
Good morning and night groenendael 
If you ‘re chased by a something fearful, be sure to bark
groenendael
I’m sure a dawn will find you and take to tomorrow

<和訳>
“おはよう、そしておやすみ グローネンダール
 恐ろしい何ものかに追いかけられたら、吠えなさい 
 グローネンダール 
 きっと夜明けがあなたを見つけ、明日をつれてくる”

 

誰しも、眠れない夜はあるものです。
賢くて使命感の強い性格なら、なおさらです。
過去の失敗を思い返しては後悔し、未来に起こる出来事を想像しては心配で眠れなくなる。
"グローネンダール"を通して、そんな風に眠れない人々のことを描いているようにも思えます。

そして、そんな人々に対して、夜に向かって吠えろ=夜に立ち向かえと歌います。
無心になって思考を止められたら楽なのですが、そうもいかない。夜が生み出す恐ろしいものから逃避することは難しい。それゆえ、向き合うしかないのでしょう。
それでも、”私”が寄り添ってくれている、ということに救いがあります。

眠られぬ長い夜のお供にどうぞ聴いてみてください。

 

【基本情報】

「グローネンダール」は、日食なつこさんの4th Mini アルバム「逆鱗マニア」(発売日:2017年1月11日)に収録されている曲です。

「グローネンダール」は、YouTubeから視聴できます↓

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シンガーソングライター 「日食なつこ」さんの紹介 - かわずの音の葉

 

(初稿:2025年4月6日)
(水彩画追加、構成変更:2025年10月28日)

【考察】NEVER FORGET / ROTH BART BARON

【基本情報】

「NEVER FORGET」は、ROTH BART BARONの5th アルバム「極彩色の祝祭」(発売日:2020年10月28日)に収録されている曲です。
アルバム「極彩色の祝祭」はコロナ禍において作曲およびレコーディングが行われており、「NEVER FORGET」は当時の世情が反映された楽曲になっています。

「NEVER FORGET」はYouTubeから視聴できます↓

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ROTH BART BARON/ 三船 雅也さんの紹介記事はこちらから↓

フォークロックバンド「ROTH BART BARON / 三船 雅也さん」の紹介 - かわずの音の葉

【考察】
この混沌とした世界で、それでも僕らは歌をうたい続ける。

インタビュー記事を引用しつつ、「NEVER FORGET」の歌詞を紐解いていきます。

 

<メロ1>

音が止んだ 次はなんだ
僕らを迎えに 来るのは

 

前作『けものたちの名前』のインタビュー時、三船さんは「2020年は何か大きなことが起こりそうな予感がする」と語っていました。

 

ー 2019年のギリギリに『けものたちの名前』という新作が出たわけですけども。 
三船:「2020年は何かが大きく変わるんじゃないか、という勝手な予感がすごくしてるんです。ポジティヴなこともたくさんあるだろうけど、ネガティヴなこともたくさん起きそうだな、という。音楽の価値観が変化して、たった今良いとされているものが評価されなくなって、また新しい価値観が生まれそうな。アメリカでは大統領選があって、東京ではオリンピックがあって。そういうピークの後、果たしてどうなってしまうのか、とか。」

ROTH BART BARON インタビュー 「"分断しないアルバム"を10年代の最後に作りたいと考えてたんです。」 | アートヒューマンプロジェクト | 熊本のアート&カルチャー情報サイト

 

時代の移り変わりは、音で例えられることがあります。(足音、波音、風音など)
2010年代というひとつの時代が終わり(=音が止む)、2020年代がやってくる。新しい時代の幕開けと共に何かがやってくる予感を表しているようです。

 

<メロ2>
弾け飛んだ 君が泣いた
風が強いせいだと 言っていた

 

2020年代という新しい時代に入り、僕らを待ち受けていたのはコロナウィルスでした。
これは大きな逆風となり、僕らを弾き飛ばし分断しました。
抗いようもない出来事により分断され、"君"が悲しんでいる様子が描かれています。

 

<メロ3>
バラバラになった テレビたちが 映し出したのは
青 赤 黄色 綺麗なだけの 歪んだ 君の姿

 

バラバラに分断された人々が、ひとりでテレビに見入っている。そんな光景が浮かびます。
その画面に映るのは、今をやり過ごすためだけの空虚な絵面です。画面に反射して見える"君"の姿は、平時とは異なり歪んでみえる。

<メロ4>
嘘も 本当も 絶望も 希望も
クライマックスなんて いらない


真偽不明の情報が行き交い、自粛と解除が繰り返され、感情が大きく波立つ。
映画みたいなドラマチックな展開などいらない。平穏を希求する心持ちがみえます。

 

<メロ5>

音が止んだ 君が泣いた
次は誰が 歌をうたう?


ここでの"音"は、コロナウィルスによる活動自粛で、音楽が鳴り止んだことを直接的に表現しているようにも受け取れます。
そして、本当にこのままで良いのか問いただすように、"次は誰が 歌をうたう"のかとリスナーに投げかけています。

 

<サビ1>

親愛なるあなたたちへ
僕らどこへ飛んでゆこう?
息をたくさん吸って
小さな肺を
満たしてゆけ


"親愛なるあなたたち"とは、ROTH BART BARONと繋がるサポートメンバー、リスナーたちへの呼びかけでしょう。
”僕らどこへ飛んでゆこう?”は、時代の逆風などモノともせず、それを乗りこなしてゆくんだという、三船さんの意思表示と受け取れます。
だから、肺に空気を満たしてよ、一緒に歌を歌おうぜ。やりたいことを、負けずにやろうぜ。そう、語りかけられているかのように思えます。

 

<サビ2>

世界を犠牲にしても やりたいことがまだある?
明日をもしなくしても 叶えたいものがある

 

コロナウィルスがもたらした混沌、それは特別なもののように感じます。
しかしながら、この世界はもとから狂っていて、僕らはその混沌を生きてきた。それ自体は何も変わらない。
僕らは生きているだけで、この世界(地球)を壊しているし、見知らぬ誰かの明日(命)を奪っているかもしれない。生きているだけで罪深い存在です。
それでも、三船さんは音楽をやりたいと語っています。

田中:グローバリゼーションが行き届いた結果、世界はクローズドな空間として全部が繋がっている。ということは、もしかしたら「今日のご飯うまいね」って食べた食材が自分の手元に届くまでに、いくつもの殺戮や不平等を引き起こしたかもしれない。要するに、我々全員が世界中のいろんな不平等や悲劇の加害者だという可能性があるということ。でも、実際、そうなんですよ。
三船:そうだよね。中国のiPhone工場で働く若い子が何人も自殺してるなんて知ったら普通使えないっしょ。でも俺は、人を殺して作られた機械で音楽を作っているんですよ。
田中:だから、極端な話、ここ20年の間、自分は毎日人殺しをしてるんだって思いながら生きてる。もちろん、それを誰もが受け止めなきゃいけないとは言わないけど、自分はそれを前提にしたうえで、普段の仕事や生活におけるいろんな選択を決めてるところがあるんです。
三船:うん。でも俺、そうと知っていても音楽を作りたいんだよね。それはしょうがないと思ってる。この状況を好転させる力が音楽にはあると信じているし、なにより自分自身が変えてもらったしね。
田中:三船くんはそうだよね。常に罪の意識を抱えながら、アートがそれに抗してきた歴史に自分も連なろうとしてる。ただ厳しい話すると、少なくとも表現者はそういう認識を前提にして表現に向かわなきゃいけないと思うわけ。

ROTH BART BARON×田中宗一郎 2020年代を僕らはどう生きるか? | Kompass(コンパス) ミュージックガイドマガジン by Spotify&CINRA

 

――音像とかエディットはカオスで今のムードがあるけど、紛れもなくロットであるという不思議な生態の曲で、最後には“明日をもしなくしても 叶えたいものがある”と歌ってる。 
「こういう書き方をすると、残酷だと思う人もいれば、希望だと思う人もいる。この曲が聴いてくれた人たちのものになったときにどっちに転ぶのか、曲が成長するのを見られる言葉だなと思ったんですよね。どっちにも行けるバランスのある、そういう言葉を今は投げたいなと思って」
 
――言わば、叶えたいものが何なのかというよりは、そういうものがあるということ自体を投げたいと。 
「そうそう! 別にコロナがなくても僕らは相変わらず電気をたくさん使って音楽を作ってるから、世界的な温暖化とかは解決したわけじゃないし、その上でどうするのか、みたいな感覚とか気持ちも入ってるし。ただ、ロットは最悪、電気がなくても生楽器で全部演奏できる音楽だから、そこは強いなと思いながら(笑)」

変わりゆく時代に冷静と情熱の間で高らかに鳴り響く これが新しいロットのフォークソング『極彩色の祝祭』! 「現実と向き合って、その先に希望が見通せる音楽が好きなんです」 ROTH BART BARONインタビュー&動画コメント - インタビュー&レポート | ぴあ関西版WEB

 

NEVER FORGET = けっして忘れない。
何を忘れないのか。時代の逆風にも負けず、罪を背負ってでも、やりたいことをやるという『覚悟』。これを忘れないと言っているのではないでしょうか。

 

(初稿:2025年3月23日)
(水彩画追加:2025年11月8日)

【考察】けもののなまえ / ROTH BART BARON

【基本情報】

「けもののなまえ」は、ROTH BART BARONの4th アルバム「けものたちの名前」(発売日:2019年11月6日)に収録されている曲です。
4th アルバムは性別や年齢などに囚われないものにしたかったとのことで、「けもののなまえ」においても、Hana Hopeさん(女性/当時13歳)がナチュラルな歌声で色を添えています。
童話のような歌詞と、繰り返されるピアノのメロディによって、別世界に引き込まれていくような感覚を与えてくれる楽曲です。

 

「けもののなまえ」はYouTubeから視聴できます↓

www.youtube.com

 

ROTH BART BARON/ 三船 雅也さんの紹介記事はこちらから↓

フォークロックバンド「ROTH BART BARON / 三船 雅也さん」の紹介 - かわずの音の葉

 

【考察&感想】

僕らはまだ けもののまま。このままでは破滅の未来が待っている?

「けもののなまえ」の”けもの”と”なまえ”とは、何を象徴している言葉でしょうか。
三船さんがインタビューで語ってくれています。

 

――今作では、そういう緩衝地帯を、高度な社会化を経る前の世界の姿に求めているような気がします。資料でもモーリス・センダックやA・A・ミルンの名を上げていますが、この世界とは別に存在する、そういう原始的なコミュニティーの姿が浮かんでくるような……。
 「そうですね。ある種、人間の根源に戻るというか……。けれど、そういう牧歌的な世界への逃避を歌っているつもりはなくて。現代は、文明の発達によって世界中の人がさまざまなテクノロジーを纏って生きているわけだけど、その〈デジタルな羊毛〉を剥いだら、結局人間の獣性が太古から薄れているわけじゃないんだろうな、ということが顕になってきた。いくら文明が高度化しても、本質的な部分で人間は高次の存在にはなれず、結局は荒々しさを保存している。そういう意味での原始性が蔓延していることは今の社会も変わらないわけで」

――でもその獣性というのは、一方で幼児のような純粋性でもある……?
 「そうです。それをアンビバレントな感覚で描きたかったんです」

――まさにそれがアルバム・タイトルにも反映されているわけですね。
 「はい。〈けもの〉というものが、そういう脈々と始原からあるプリミティヴさの象徴だとすると、〈名前〉っていうのは人類が発明した概念ですよね。貨幣や社会といった概念と一緒で、ある種の共同幻想。そういう、文明化によって生まれたものの象徴として〈名前〉を据えることで、アルバムのテーマを描きたかったんです」

人は獣か? ROTH BART BARONが『けものたちの名前』で究めた根源的な問い | Mikiki by TOWER RECORDS


「けもののなまえ」においては、“けもの”=獣性または原始性、”なまえ”=高次な文明化の象徴として用いられていると考えます。
これらを踏まえて、メロとサビに分けて歌詞を紐解いていきます。

 

<メロ1>
もしもここを生き残れたら
僕の本当の名前をあげよう
 
高いビルから あなたが生きた
街の灯りを 見下ろしていた

 

「けもののなまえ」では、歌詞中に”僕”と”あなた”が登場します。
メロ1では、名前をあげるといった行為や"あなた"の生活を観察していたかのような様子から、”僕”は”あなた”よりも高次な存在として描かれているように感じます。
では、”僕”と”あなた”は、何者なのでしょうか。

 

<メロ2>
鬼さんこちら手のなる方へ
ゴツゴツとした その手を引いて
 
家を探して 人の真似して
あなたはここに 馴染めるかしら

 

文脈からして、”あなた”=”鬼”であると推察されます。
”あなた”は街に招かれ、家に住まい、人と同じく生活する。
”僕”は"あなた"が人として生きていけるのか観察している。
このように捉えると、メロ1とのつながりがみえてきます。

ここで、”鬼”とはどのような存在でしょうか。
日本古来の物語において、鬼は人を原型としつつ、悪心や欲望を象徴する異形のものとして描かれています。
つまり、鬼とは人であって人にあらざるものであり、「けもののなまえ」においては人とけものとの間にある存在と考えられます。

一方、”僕”は”あなた”の観察者であって、”人”であると捉えられると思います。それも、より高次な、けものの一面など持たない”人”です。
メロ1の一節、”本当の名前をあげよう”は、”あなた”が人の街で暮らし、人として生きていけたら、その証として文明化の象徴である”名前”をつけてあげると言っているのではないでしょうか。
それすなわち、”あなた”がけものの一面など持たない”人”と認められなければ、ここでは生きていけないことを示唆しているのです。

 

<サビ1>
毛皮を脱ぎ捨てても 僕らはまだ けもののまま
かみさまのなまえを 僕らは今日 知ってしまった

<サビ2>
毛皮を脱ぎ捨てても 僕らはまだ けもののまま
かみさまの言葉を 僕らは今日 聞いてしまった

<サビ3>
毛皮を脱ぎ捨てても 僕らはまだ けもののまま
かみさまのなまえを 僕らは今日 暴いてしまった


“毛皮を脱ぎ捨てる”とは、人類が原始の時代を脱したことを意味しているのでしょう。
また、曲が進むに従って、かみさまの"なまえを知る"、"言葉を聞く"、"なまえを暴く"、といった形で何かを示唆するように歌詞が変わっていきます。これらは各々、以下のとおりに解釈できると思います。

  • かみさまのなまえを知る =宗教のはじまり
  • かみさまの言葉を聞く  =神の宣託を得る
  • かみさまのなまえを暴く =宇宙や生物の起源を知ること(つまりは神の存在の否定)

以上のとおり解釈すると、歌詞の変遷は人類の文明が発展していく様を表しているように受け取れます。
その一方で、"かみさまのなまえを暴く"に至った現在においても、僕らはいまだに感情的で本能的で、”けもの”の一面を捨てきれていません。


「けもののなまえ」で描かれているのは、高度な文明を持つに至っても、"けもの"であり続けている人類への危機感であると思います。
地球温暖化による気候変動、核兵器の保有など、科学技術が発展したがゆえに人類自身の首を絞めている事例はいくつもあります。
それらは資本主義に姿を変えた人間の欲望であったり、人種や思想や宗教の違いという対立の中にひそむ闘争の本能といった”けもの”性が引き起こしたものなのかもしれません。

僕らはいつか、”けもの”から”人”になり、”本当の名前”を手にできるでしょうか。
それを成し得なかった未来には、破滅が待っているのでしょうか。

 

(初稿:2025年2月3日)
(水彩画追加:2025年11月13日)